20090306から 日常メモ用とか ■日常に思ったことを、メモしていきます。 ■疑心と許容を信仰しています。 ■正しい保障なんて無い。 ■正確さより、人の心を動かすものがあるのも知っています。 ■あと、空想旅行、深夜便.夢旅行とかなんとか。
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人間、誰でも自分が可愛いものです。
もし戦争であっても、生き残るために戦うことがほとんどだったそうです。 死ぬまで、死ぬ気で戦える兵士なんて、異常だと言えるほど。 結局恩賞を貰いたくて戦ってた、と言う話も。恩賞が無ければ、戦なんてできないくらい。 ですが、そうとは話が違ったという戦争があったそうな。 代表的なものといえば、宗教戦争。 「戦って死ねば天国いけるよ?」みたいな感じで、そりゃ一心不乱に戦えるわな、と。 ( テロリストもそれと極めて似ているそうで、まあ実際の宗教のあるべき姿からは、かけ離れたものです。) そして、アジア・太平洋戦争における日本軍。 まあ宗教的ではあったものの、話の筋は通っている戦いでした。 特に、目的としては日本が存在しつづける為、維持する為に戦ったものだそうです。(特に資源が無かった為。) (+大義名分としては、大東亜共栄圏と言われる、植民地支配から東・東南アジアを解放すること。) その代表的な例を挙げるとすれば、神風特攻隊の話。 それをやらなければならないというような状態であり、それをやってのけた兵士達。 死よりも、国の灯火が消えることを恐れた、とも。 他、硫黄島における戦いなどの、負けると分かっていながらそこを驚異的な期間守り続けたこと。 1日ここを守れば1日、本国にいる人たちが生活を維持できる、という意志だったと言われています。 まあ、兵士に死を要求したのは上ですが。 ただ、兵士に死を要求するほどの戦いがあったこと自体、悲惨なことですので、良い話ではありませんが。 戦争において、死のうと思って死ぬ兵士はそういません。死ぬ覚悟をしても、死にたいとは思いません。 普通は。 * 私の記憶 極東国際軍事裁判は、法治主義の根本原則に違反していると言われている。 戦時国際法違反との意見もある無差別爆撃に対し、サンフランシスコ講和条約によって補償請求権を放棄。 また朝鮮を始め、占領した国などに対しても決められた多額の賠償・補償を完遂する。 現在においては他国へのODA(政府開発援助)などを行う他、 復興支援の為の自衛隊海外派遣などを始めとする、平和維持活動にも従事。 * 砕いた感じで話をすると、 「まず元々は無かった規則に、不当とも言える形で罰されている。 自分を不当に痛めつけてきた相手へは多くを求めなかったが、 決められたとおり、関わった他の国々へはキチンと払うものは払ってる。 その上、ちゃんと先進国としてやんなきゃいけないことは、大体やってる。」 そう記憶してる。 PR ![]()
追記
侵略と呼ばれうるような、支配統治は、その当時辺り、欧米諸国にとって当然であった。加えて、その支配体制に疑問を持っていた。
1つ、その当時の当然である以上、日本を叩くのならば、諸外国も同様に叩かなければ、嘘であるか、もしくは無知である。判断する為には、日本のしてきた事、左右両方を知らなくてはいけない。 また支配下に置き統治していた、朝鮮、台湾などに対しては、環境の整備を手厚く行い、欧米の新聞においては台湾統治を神業とすら言われている。(勿論、朝鮮にもしている) 2つ、その当時の当然でなかった支配下の国に対しての環境整備などを手厚く行い、自立することすらもできるような状態にしようとした。 (それは「植民地」と言うものの本来あるべき姿であるはずだと思うのだが。) 現在の日本では、意図的な思想誘導が行われていると言う。 また、本来の事実を知ることは大切なことである。
無題
自立ことすらもできるように、と言うのは現在の韓国や、台湾を見ていただければ分かるはずである。
日本が環境整備をしなくても、なんて思うのならば、日本の統治以前の状態を調べてから考えるべきである。それをしなければ、それはただの妄想である。 ![]() |
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