20090306から 日常メモ用とか ■日常に思ったことを、メモしていきます。 ■疑心と許容を信仰しています。 ■正しい保障なんて無い。 ■正確さより、人の心を動かすものがあるのも知っています。 ■あと、空想旅行、深夜便.夢旅行とかなんとか。
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民主主義政治は「議会」と「多数決」によって行われる政治のことである。
それは、しっかりとした「議論」の上で、「多数決」を用いなければならない政治だ。 にも関わらず、なんだろう、あの民主の名のみを冠したあの党は。 経済危機にも関わらず審議の拒否、即ち「議会の拒否」を「多数決」によって行った他、 他者に改善を求める発言を出しながら議会を用いず、自らに対する議論は論点をすり替え、 「印象」ばかり打ち出し、とても正常な、いや現実的な民主主義政治ではない。 現実的な話には論点を変え、妄想のような中身を印象だけで話しているのだ。 多数決によってまともな議論をしないなど、「多数決による独裁」である。 まあ、もっと恐ろしいことは、それを知らない人の方が多いことだが。 そんな状態での政治を民主主義とよく呼べるものだとすら思う。 第一党がダメであろうと、それ以外はほとんどが「論外」。 この国は、あまりにも政治に関わろうとする人間の絶対数が少なすぎる。 だから利権を狙う妙な団体の相対量が増え、まともな議員も少なくなる。 政治の責任は政治家を選んだ、国民の責任でもある。 知らぬ存ぜぬといっても、「権利」が与えられているのだから、 選択しないという選択を選んでも、その選択を選んだ責任はある。 その結果が今の惨状。 月末は見ものだわ。 PR
意識の偏重について : http://andil.blog.shinobi.jp/Entry/222/
私は意識の偏重が起こりやすいのだろうか。 どのくらい起こりやすいか、と言えば最近クロックタワーゴーストヘッドの動画を見ていただけで、御堂島優のドットを打ってたくらい偏重を起こしやすい。 勿論、意識の偏重は一箇所にとどまらず、自分の中での流行り廃りが早い、というような感じ。 絵を描くこと自体をやめる事は無いが、描く絵はやはり一定にならず、不安定であったりする。 ただ、「できないこと」に対して、意識が偏重しつづけることは無い。 できるからこそ、意識が偏重する。 とかなんだとか。 とりあえず、今はドット絵描くのが楽しいです。
明日に備えて今日は寝る。
私はこの世界に住む人間の一人として、存在してるにすぎない。
無知は罪。
その審判が下る。 |
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